『おだいりさま と おひなさま』は誰のこと? ~童謡「うれしいひなまつり」と実際の雛人形を検証してみると分かること~
2021年7月2日
「あかりをつけましょぼんぼりに~」
「うれしいひなまつり」の歌、日本人なら誰もが一度は耳にしたことがあるひな祭りの歌です。1936(昭和11)年に発売され、作詞はサトウハチローさん、作曲は河村光陽さんによって作られました。ひな祭りの楽しい世界観を表していて、みんなに親しまれる良い歌です。
今回の話題は2番の冒頭「おだいりさまとおひなさま」についてです。
□「チコちゃんに叱られる」の放送の反響
一昨年に放送されたNHKの「チコちゃんに叱られる」の中でこの話題が取り上げられていました。それ以来、お客様との会話の中でも「あ!それ聞いたことある!」というお声が多くなり、話のタネの一つとして喜んでもらえることが増えました。
今回はそこからさらに一歩踏み込んでみたいと思います。
□「おだいりさまとおひなさま」をもう一度整理します。
・「おだいりさま・お内裏様」
「チコちゃんに叱られる」の中では「お内裏様というのは、上の段に座る男雛と女雛両方のこと」「二人合わせてお雛様」となっていましたね。
お内裏様という言葉は、宮中の「内裏(だいり)」という場所に由来します。内裏の中には紫宸殿(儀式・公務・謁見の場所)や清涼殿(天皇の住まい)などがあります。ルイス・フロイスの「日本史」の中で、天皇を指す言葉として「Dairi」という言葉が使われているように、江戸時代にはすでに天皇や皇族に対しての呼び名として「内裏」という言葉が使われていたようです。
ただし、この内裏という言葉が天皇一人を指す言葉として使われていたのか、皇后や皇太子を含めた総称として使われたのかは正確には分かりません。もしかすると、「お内裏様=天皇→男雛一人(女性天皇の時は女雛?)」という、従前通りである可能性も捨てきれないと思っています。
・「おひなさま・お雛様」
「チコちゃんに叱られる」では、「お雛様というのはひな壇の上に飾られているお人形たち全員のこと」となっていました。
「お雛様=ひいな遊びに使うお人形」と思えば、その説の通りになりますね。ですが、お雛様の由来と言われている「厄除けの行事に使うヒトガタ」がお雛様の元の姿だと考えると、紙や木で作られた男女一対の簡素なヒトガタこそがお雛様であり、下の官女や五人囃子はお雛様には含まれなくなります。その場合には、上の二人こそがお雛様で、下のお人形たちはあくまで「お付きのお人形たち」というポジションになるわけです。
ちょっとひねくれた説かもしれませんが、お雛様の由来が「ひいな遊び(貴族の子女のお人形遊びのこと)」なのか「ヒトガタ」なのかで、スタンスが変わる可能性も捨てきれません。
サトウハチローさんの「お雛様=女雛」は間違いです。
でもチコちゃんももしかすると…?
□「お内裏様とお雛様」は何人になるか。
今までは「お内裏様とお雛様」というと、男雛と女雛2人のことでした。
チコちゃんによって「お内裏様は上の2人!お雛様はひな壇にいる人全員!」が一般的な解釈と思われるようになりました。
上に書いた私の説は、ひねくれ者の意見として、では「ひな壇の上にいる人」というのは何人いるのでしょう?
皆さんが思い浮かべる七段飾りでは、全員で15人です。男雛女雛(2人)、官女(3人)、五人囃子(5人)、随臣(2人)、仕丁(3人)です。
□7段飾りに入れてもらえなかった人形たちと定型外の飾り方
実は、お雛様の飾りの中には、「鶴亀(鶴と亀の冠を付けた女性)」や「狆引き(ちんびき・犬を引いた女性)」、牛車の牛飼、あるいは御所人形など、数えきれない種類のお人形が存在します。ひな壇の上に市松人形を飾る人も沢山います。ぱっと思い浮かぶ七段飾りは、あくまで人形屋が近年になって作り出した定型で、そこに含まれないお人形が沢山あるのです。
飾り方としては、和室いっぱいに赤い毛氈を敷いてたくさんのお人形を並べたり、自分で板を買ってきて壁一面の三段飾りを作ったり、お人形ごとに置く部屋を変えて家全体を使って飾ったり、昔からいろいろな飾り方があります。楽しみ方も人形の数も無限です。
そうすると、市松人形や鶴亀などのお人形はお雛様なのかそうではないのか、一体どこからどこまでがお雛さまなのか全く分からなくなります。
そんなことを考えていると、チコちゃんにならって「全員がお雛様」ではかえって仲間外れにされてしまうお人形が出てきてしまう気がします。いっそのこと「お雛様は上の二人だけ。他の子たちはそれぞれの呼び名で。」でも良いような気もするのです。
伝統文化というのは民間伝承に委ねられる部分が多く、発祥が定かでなかったり、人によっても時代によっても正解がコロコロ変わります。サトウハチローさんが作った「うれしいひなまつり」の歌も、民間伝承の一つということができます。
チコちゃんには叱られるかもしれませんが、時として「なんとなく」も大事なのかもしれませんよ(笑)