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高橋五郎の日本一やわらかい中国経済のはなし

この先の中国経済はどうなるのだろうか?(60)―中国経済不況は南方から起こり、広がっている-

2024年5月8日

今年1-3月期(第一四半期)の対前年比GDPは5.3%の伸び、今年の政府見通しに沿った結果となりました。製造業が意外と好調、消費にもやや回復のきざしが出ているようです。

しかし、経済的影響の大きい住宅と金融業は依然として不調、EV自家用車生産は低迷、雇用は縮小、工業企業利潤の悪化、限られた明るい材料といえばSUV車の生産増、情報・交通・運輸・流通の好調継続といったところでしょうか。

この5.3%というGDP成長率のレベルですが、従来に比べればけっして高いとはいえません。しかしとても低い、ともいいきれないレベルですね。私は3.5%になってもおかしくないと思っていますので、これを基準にすれば、まだ高い方だともいえましょう。

3.5%に落ち込むとどうなるか、という問題は世界経済や中国全体にとっては大変なことです。この点は、もう少し様子をみてから考えても遅くはありません。

さて、中国経済の不況ともいえるこの状況は、まずは南北を分け隔てる長江を境に、落ち込みの大きい南方から起きているように、私には思えます。

北方の大都市である北京は政治の中心地であり、GDPの約4%を集積する大都市です。また北方で最大の経済の集積地は江蘇省ですが、GDPの規模は中国の10%強、日本のGDPの半分にも達する巨大な経済圏を形成しています。

一方、南方には中国の経済都市ナンバーワンの上海市があり、GDPの約5%を占めています。日系企業の多くも、この周辺に立地しています。南方には、さらに、中国最大の経済省であり香港とつながる広東省があり、GDPは中国の約11%を占めています。

このように、北方には直轄市(省と同じ権限を持つ都市)の首都北京市、中国第2位の経済圏である江蘇省、長江をはさむ南方にはやはり直轄市の上海市、中国最大の経済省の広東省が北方経済圏と対を成すように立地しています。

南北の雄、江蘇省と広東省のGDPを合わせますと、日本のGDPに匹敵する力を持つ、巨大経済省です。これに北京市と上海市のGDPを加えると、この4つの地域だけで、日本のGDPをはるかに超える大きさになります。中国全体のGDPは、日本のGDPの5倍もあります。

さて、南北を代表する2つの都市と2つの省ですが、実は、経済不況の現れ方に大きな差があるのです。その差とは、南方の落ち込みの大きさ、北方のまあまあのレベル、ということです。かといって北方の経済が好調というわけではなく、南方に比べれば、というレベルのものです。

具体的な数字でみてみましょう。各地域の政府資料によると、2024年第一四半期の前年同期比GDPは、北京市6.0%、江蘇省6.2%と全国値の5.3%を上回っていますね。江蘇省の経済を牽引したのは鉱業、エネルギー、コンピューターなど電子機器製造、自動車、鉄道製造などの産業です。北京市は工業が7.3%の伸びでした。

北京の新築住宅価格は、徐々に回復傾向にあります。どの地方もそうなのですが、価格の値下がりが大きいのは中古住宅の方です。市場には築後20~30年ものの中古マンションが大量に出てしまったのですが、今後、まだ在庫は増えるでしょう。しばらく、住宅市況の足を引っ張る重荷であり続けることは疑いありません。

これに対して、上海市のGDP成長率は5.0%、広東省は4.4%と、いずれも5.3%を下回っています。とくに中国最大の経済省の広東省は、中国でもっとも大きな落ち込みとなっています。広東省産業の強みの電気機械・機材製造業、EV車、貨物運輸業が振るわなかったことは、省政府自身も認めています。これに不動産不況、香港経済との相乗効果の冷却なども影響していそうです。

この4つの地域はいまの中国経済の不況が地域的なまだら模様を描きながら進んでいることを示すと思いますが、中国不況の南北格差ともいえる状況は、この4つの地域に限られたことではありません。

ちなみに、経済規模の劣る地域から、無作為に選んだ吉林省(北方)、寧夏自治区(方位的には北方)と江西省(南方)チベット自治区(南方)を取り上げましょう。

第一四半期のGDP成長率は、北方の吉林省6.5%、寧夏自治区5.8%と全国値を上回るのに対して、南方の江西省4.0%、チベット自治区5.1%と、いずれも南方が下回るのです(表参照)。
      

この事実は、何を物語るでしょうか?仮説的に考えてみましょう。

1.中国経済は北方と南方とでは成長を支える仕組みが異なっている可能性があり、場合により南北はせめぎ合い、乾いた金属音がするようなこすりあいをしている可能性がある。

2.もし北方の経済が全国経済をおおっていれば、中国の今年第一四半期のGDP成長率は5%台ではなく、6%台だった可能性がある。

3.逆にもし、南方の経済が全国経済をおおっていれば、GDP成長率は4%台であった可能性もある。

4.中国経済は前回ここで解説したとおり、地方経済の状況をみることが非常に重要です。人口とGDPがともに全国の30%以上を占め、本社機能の50%以上が東京首都圏に集中する日本とは、経済構造上の基礎的な条件が異質なのですね。だからでしょうか、一般的日本人のものの見方は東京から地方をみる、という感じですね。中国では、テレビ局一つとっても、「中央局」とか「地方局」とかの意識がありません。どこも独自経営の地上局、BS局を複数持っているのが普通です。

5.今後の見通し。南方型が全国に及んでいくと、今年の中国GDPは4%台になるかもしれない。筆者は、どちらかといとこの可能性がやや大きいと見る。

短いコラムの字数制約もありますが、もう一つ、付け加えたいことがあります。
それは、中国経済の根幹を支える企業経営者またはその集団の心理とか行動様式に関することです。

中国の場合、経済の中枢を支える企業は全体の2%に当たる約30万社の国有企業です。これには中央国有企業と地方政府が所管する国有企業の2種類がありますが、主要な産業のほとんどに網羅されています。国有企業以外が非国有企業、私的な企業経営となります。

国有企業が所有権も人事権も、政府に握られていることはいうまでもありません。私営企業の所有権・人事権は民間にあることはありますが、共産党員が3名以上いるあらゆる組織(企業も学校も)には党委員会を設け、書記を置く決まりですので、共産党との協調が欠かせません。

かといって、共産党が日常の企業経営に直接タッチすることはありません。問題なのは、企業内共産党委員会の頭越しに、企業経営者たちの横のつながり、たとえば経営情報、景気情勢分析などの交流のための純粋な経営者団体を勝手に作ることは、ほぼ不可能なことです。

中国自動車工業協会や業界団体などさまざまな「民間組織」はあるにはあるのですが、みな官製ならぬ党製組織です。日本では自由な学会づくりも、中国では政府の一組織、会長職は関係官庁の任命制、政府の検閲を受ける活動以外はできません。

ここからは企業経営者の心理的・組織的孤立という弊害が生まれます。中国の企業経営者は、横の交流がおのずと制限されるため、競争相手との「袖振り合うも多生の縁」という機会さえ希薄なのです。

日本の企業社会では、横か縦かにちがいはあるでしょうが、当然のような同業者グループ内のお付き合い、ゴルフやセミナーといった交流機会は豊富ですが、中国では限られるのです。中国に進出する日系企業には、地域地域に日本商会という組織があり、日本人同士の交流は盛んな機運も実態もあります。これに領事館やジェトロだの日中経済協会系組織だのといった、関係組織が集まる機会ともなっているようです。

で、なにが気になるかといいますと、横の交流がない社会では同業者間競争は熾烈を極め、あるいは容赦なき新規参入が、古株を蹴落とす、といった事例が起きやすく、いちど歯車が狂いだすと業界全体が悪い方向へ流れ出す、という点です。ダイナミックな産業活性化をもたらす効能など、いい点もあります。

昨今のEV開発は新規参入の典型ですね。そこでは容赦のない生殺与奪が起き、互いがつぶし合い、ついには業界全体が沈む、という事態が起きやすい条件がある、ということなんです。

いま起きている、不動産業、建設業、半導体産業、EV産業、IT産業など、多方面で起きている諸問題は、これも背景となっているのではないか、ということをいいたいのです。

そもそもこれら産業の景気が良くない上に仕事の奪い合いと弱肉強食の企業風土に輪をかける状態、それは中国の市場経済社会のあり方が突き破らなければならい、「他者との折り合い」を付けながら進む、という市場経済社会の暗黙のルールの壁に当たっている、ということでもあると思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか?

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